それぞれの未来へ

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優しく涙を拭ってくれていた夏目さんの手の動きがふと止まって、どうしたんだろう? と夏目さんを見上げると。 長身を屈めている夏目さんがキラキラと眩しいお日様の光を背負っている所為か、ニッコリと穏やかな笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでいるその笑顔が眩しいくらいに輝いて見えて、不覚にも私はドキンとしてしまった。 さっきも思ったけど……。香澄先生と付き合うようになってから、雰囲気が柔らかくなった所為か、元々イケメンだった夏目さんのイケメン度が上がって、こういう夏目さんに慣れない私は、こんな至近距離で接しているお陰で、妙に緊張してしまっているようだ。 恐らく、今はそういう感情ではないとはいえ、あの頃、夏目さんが私に僅かにでも恋愛感情を持っていたというのを聞かされたばかりだからだろうけれど。 ーー平常心、平常心、今は妹って言ってくれてるんだし、変に意識しちゃったら、夏目さんも困るんだから。 なんてことを胸の内で唱えつつ…… 「ほら、拭けた。もう泣くなよ?」 「……あっ……はい……って、もう、夏目さんは一言多いんです。夏目さんが泣かしたのに」 「おっ、いっちょ前に、そんな生意気なこと言ってっと、生まれてくる赤ちゃんも生意気な子供になっちゃうぞ?」 「そんなことありません。相手が夏目さんだから言ってるだけですから、ご心配なく」 「あー、そうですか? それは失礼」 「分かってくれればいいんです」 夏目さんとあれこれ言い合ってるうちに、妙に意識してしまったのが嘘だったように、自然に話せていることに私がホッと胸を撫で下ろしているところに、どこからともなく、何やらボソボソと潜めた声で話すような声が聞こえたような気がして……。 ーーん? 何だろう? 気のせいかなぁ? 夏目さんとの会話がひと段落して、私が後ろに振り返ろうとした刹那。 振り返るのを邪魔するように、正面の夏目さんが私の眼前で、唐突に、自分の唇の中央に人差し指を宛がい、潜めた声で「しー」と言ってきた。 私は意味が分からず、「――え!?」なんて訊き返すと、夏目さんは、やっぱり潜めた小さな声で、今度は、「いいからいいから」なんて言ってきて、益々意味が分からない私が首を傾げて思案しかけたその時。 急にどうしたのか、正面に立っていた夏目さんが急にスタスタと歩き始めて、私の真横を通り過ぎてちょうど私の真後ろに植えられている立派な松の木の所で歩みをピタリと止めた。 何を思ったのか、夏目さんが、いきなり「わッ!!」と、大きな声を放った瞬間。 「わッ!?」と驚いたように口々にそういって、立派な松の木の陰から、驚くことに、香澄先生と要さんのふたりが姿を現したものだから、驚きすぎた私は言葉を失ってしまっていた。 その傍で、夏目さんは可笑しそうにお腹を抱えながらケラケラと笑い声をあげている。 なんとも滑稽な光景だ。
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