エピローグ

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「いち兄の子どもぉ?!」 崇史は声をひっくり返した。 「そうか、フミはあのときまだ小学生だったから、イチに子どもがいること知らなかったっけ?」 「えっ、じゃあ、俺、オジサンなの?うええ、マジ?!」 ギャンギャン喚くその若い男が、父親の一番下の弟らしい。 楓貴に連れられて、母親と住んでいたアパートに帰った後、とりあえず一番近くに住んでる叔父さんを紹介しておくから、と再び連れ出された聖は、うるせぇ男だな、と崇史を観察する。 「てゆか、いち兄のミニチュア版みてぇ…超似てんじゃん!」 そう言うそいつこそ、父親(いちたか)によく似ている。 ということは、この煩い男と自分もよく似てるのだろうか。 楓貴が手短に事情を説明して、何かあったら力になってやるように、と言っている間、聖はなんとなく落ち着かなくて、無意識に前髪を引っ張る。 落ち着かないのは、髪を切って視界が広がったせいか。 こんな頼りなさそうな大学生に頼ることなんてなさそうだけどな、と内心思っている。 同じように小柄でも、市敬のような迫力があると全然違う。 あのひとは、味方なら凄く心強い。 そして、そんな心強いひとが、味方どころか、命を賭けてでも守ってくれるのだ、父親として。 母に置いて行かれて、物凄く心細かった二週間前とは、今は全然違う。 距離は離れていても、そうやって見守ってくれているひとがいるから。 「あー、その住所なら、エータの家の近くだから、ちょこちょこ様子見に顔出すよ」 軽い調子で崇史は言った。 にっこりと人懐こい笑顔を見せる。 「あんま頼りにはなんねえかもしんねえけど、いちお、俺もいち兄ほどじゃなくても、喧嘩はそこそこ強えから」 なんかあったら呼べよ? 不意に、聖は、不覚にも涙を零しそうになって、自分で驚く。 ずっと、母親と二人だった。 母に頼ってはいけない、母を助けなければ、とずっと思って生きてきた。 でも。 父親も、その兄弟たちも、当たり前のように、頼っていい、とあっさり手を差し伸べるのだ。 そのことが、急に、彼を年相応の子どもに戻しかけて。 そんな聖の内心の思いには、楓貴も崇史も気づかなかったらしい。 それじゃあ、また、と崇史は手を振って去って行った。
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