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翌朝、家に帰った市敬は、楓貴のアドバイスに素直に従って、バイクの後ろに聖を乗せて、昔よく走り込んでいた山道を走りに出かけた。
聖は、風を切るその感覚が初めてだったからか、その爽快感の虜になったようだった。
山道に入る前にコンビニで休憩を取ったとき、凄くキラキラした瞳で「かっけぇな、バイク」としきりに言っていた。
本当は市敬を「すげえ」と褒めたかったのかもしれない。
明らかに、バイクに乗せる前とは違う視線を市敬に向けている。
「高校入ったら免許取るか?」
取りてぇなら、教習所代ぐらい入学祝いで出してやる。
市敬は、ボソリとそう呟く。
聖の顔がパッと明るくなった。
「マジで?取りてぇ…」
まだ3年近くも先の話なのに、急に子どもらしい無邪気な顔になって喜んでいる。
一緒にツーリングとか行かねぇ?
とは、さすがに気が早すぎるし、急に馴れ馴れしすぎる気がして言えなかったけれども。
市敬は、僅かに微笑んだ。
自分が好きなものを、息子が好きになってくれるというのは、どこかむず痒いような喜びを彼に与えてくれたのだ。
そんな市敬を、聖はそっと眺めている。
普段、物凄く不機嫌そうに眉間に深い皺を寄せているからあまり感じなかったけれども、そうやって見ると、なんとなく自分に似ている気がしなくもない。
こいつが、父親、なんだ。
聖は、戸惑いとも気恥ずかしさともつかない、そわそわした思いを噛み締める。
そんな息子に気づいているのかいないのか。
市敬は、咥えていた煙草を備え付けの灰皿に押し付けた。
「行くか」
短くそう言って、ヘルメットを被る。
聖も慌てて、今朝買って貰ったばかりのヘルメットを被って、バイクに跨がった。
前に乗る父親の背中にしがみつく。
そのひとは、男にしては少し小柄な体躯だ。
ということは、今のところ成長途上の彼も、これ以上ぐんぐん伸びるということは期待できなそうだ。
その点については、ため息が出そうだった。
いや、叔父さんだというあのひとがあんだけ背ぇ高いんだから、まだ希望はある。
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