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助手席で眠る市敬の頭が、車の揺れに合わせてこてんと横に傾いた。
その首筋に、明らかに殴られた痣ではない痕を残してしまっている。
つい、夢中になってしまったせいだ。
聖はキスマークなんて知っているだろうか。
それを見つけて、何か勘繰られたりしないだろうか。
そんな不安も少しはあるけれども、それよりも。
朦朧とした意識の下でも息子の安否を気にするほどなのに、退院して真っ先に、その息子に会うことよりも楓貴に抱かれることを選んでくれたのが、今頃になってじわじわと嬉しくて、自然と顔が綻んでしまう。
もしも、このまま、聖が市敬と一緒に暮らすことを選んだとしても、最初に感じた「もう自分はいらないのではないか」という不安を払拭してくれるぐらいに、嬉しかった。
時間がないから車の中でいい、とまで言ってくれたのだ。
そんなタイトな時間の中でも、それを優先してくれたということだ。
市敬は、言葉にも態度にもあまり出さないけれど、少なくともそれぐらい、楓貴を必要としてくれている。
そう思えて。
高速を降りて、家路を急ぐ。
暗くなるほどの時間ではないけれども、病院から帰るにしては少し遅いと思われても仕方ないぐらいの時間。
たぶん、聖は、自分を庇って怪我をした父親の帰宅を待ちわびているだろう。
昨夜は随分心配している様子だった。
会社に訪ねて来たとき以来、ほとんど顔を合わせることがなかった楓貴に対してでも何か喋っていないと不安なのか、市敬の昔の武勇伝なんかを聞きたがり、かと思えば落ち着かなげにソワソワしていて、適当な時間に寝室に引き上げるよう促したけれども、たぶんほとんど寝ていないのではないか。
その様子を見ている限り、市敬に言われるまでもなく、ツーリングは成功したのだな、と思えた。
そうして、距離が縮まったところに、あの騒ぎだ。
命を張って自分を庇ってくれる父親を、恨んだり憎んだりしたままではいられないだろう。
聖は、父親と暮らすことを選ぶのではないか。
楓貴はほとんどそう覚悟していた。
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