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離れの駐車場に車を停める。
助手席の市敬は、熟睡しているようだった。
無理もない、散々に痛めつけられて弱っている身体を、更に酷使されたのだ。
楓貴は、そのひとを抱き上げて車から降ろす。
腕の中に大切に抱えたまま、離れの玄関を開けた。
「遅かったけど、何かあったのかよ」
あてがわれた部屋から、聖が飛び出してくる。
が、楓貴の腕の中で眠る市敬の姿を見て、慌てて口を閉じた。
楓貴は、柔らかく微笑んで見せた。
「病院であんまり眠れなかったみたいなんだ、このまま寝室に連れて行くよ」
小さめの声で言ったつもりだったけれども、腕の中の市敬がモゾモゾと動いた。
「ん…ふう」
寝惚けた声で、彼は続ける。
「帰んなよ…朝まで、抱いてろ」
ゲホッ、と楓貴はむせた。
この状況で、何を言い出すんだ、このひとは。
しかし、当の市敬は、ぎゅっと楓貴のシャツを握りしめたまま、再び眠りに落ちてしまったようで。
恐る恐る聖のほうを見ると、彼は困ったように視線を彷徨わせている。
「何の夢見てるんだろうな、イチは」
もう、夢ネタでごり押しするしかない。
聖は、なんとなく達観した瞳で、一瞬楓貴を見た。
それから、少し可笑しそうに笑って、そして。
「泊まってけば?そのひと、怒ると怖えし。言われたとおり、朝まで抱いててやんなよ」
そう言って、さっさと自分の部屋へと引き上げて行ってしまった。
どこまでわかってて、そんなことを言ったのだろうか。
なんとなく冷や汗に似た汗が吹き出してくるのを感じながら、楓貴は、しかし、聖に言われるまでもなく、市敬のおねだりに逆らえるわけもない。
諦めて今日は泊まるしかないのだ。
寝室に連れていき、ベッドの上に降ろそうとするけれども。
そのひとの手は離すまい、と楓貴のシャツを固く握っている。
「イチ、今日は泊まってくから」
一回離して?
そう囁いても、全然緩む気配がない。
仕方ないので、そのまま一緒にベッドに横になる。
ギシリ、とその狭いベッドが軋んだ。
聖がどこまでわかっているのか、とか、今後どうするのか、とか、いろいろ考えなきゃいけないことがあるけれども。
全部、明日目が覚めてからでいいか、と楓貴は、眠る市敬をくるむように抱き締めた。
そのひとが腕の中にいるから、今は、それだけを感じていたい。
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