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通常より一割増しぐらいに不機嫌そうな市敬は、リビングのソファにどかりと座った。
それでも、普段の寝起きよりはだいぶ悪くないほうだ。
昨日、そのまま寝てしまったので、寝間着ではなく一応シャツにチノパンという服装だが、一晩寝たせいでなんとなくヨレヨレしている。
楓貴には、一回帰りたい、という言い方をした聖だったけれども、実際には「できればあっちで暮らしたい」ということだった。
「ここが嫌だとか、その…あんたと暮らすのが嫌なわけじゃなくて」
聖は、少し口ごもる。
「母さんが、帰ってくるかもしれないし」
あのひと、惚れっぽいけど飽きるのも早えから。
すぐ男と喧嘩するし。
「あんたと暮らすのも悪くないと思うけど、その、バイクとかすげぇ楽しかったし」
でも。
聖は、また少し口ごもった。
チラリと楓貴を見る。
そして。
「母さんには、俺しかいねえから、さ」
あんたには、そのひとがいるけど。
楓貴は、昨夜のことで、聖が変な気を回したのではないかと、少し焦る。
だが、市敬は。
「わかった」
と短く答えると、立ち上がる。
「ちょっと待ってろ」
寝室から彼が持ってきたのは、通帳とキャッシュカードだった。
「お前の名義で作ってある。これを持っていけ…生活費をそこに毎月振り込むから」
通帳は、こっちで管理する。
お前が変な使い方しないか確認のためだ。
「キャッシュカードは、南美が帰ってきてもあいつには渡すな。お前が自分で管理しろ」
あいつが男と逃げるために、それを渡すわけじゃないからな。
市敬はそう言って、カードを聖の手に乗せた。
「さすがに中学生の一人暮らしはいろいろ問題にされるかもしれねえから、学校には南美と住んでることにしておけ」
そして、彼は楓貴を見た。
「後で、聖に携帯持たせてやれ」
楓貴が頷くと、また聖に向き直る。
「一応、毎日寝る前に俺に定時連絡入れろ」
そこで、少し躊躇うように一度言葉を切って、そして。
「お前はどう思ってんのか知らねえけど、俺は、自分の息子のこと、これでも心配してんだ」
だから。
市敬にしては、かなり思いきった言葉だろう。
心配している、なんて、はっきり言葉にするのは。
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