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市敬のあの寝言は予兆だったのか。
それから数日後、桜田不動産の応接室のソファには、その場にそぐわない少年が座っている。
どこか大人びた表情のその少年は、挑むような視線で楓貴を睨んでいた。
「あんたが桜田市敬?」
楓貴は、違う、とは言わず、少年の言葉を待つ。
「俺の、父親?」
突然現れた少年は、そう言い放った。
現れたときから、予想はしていたけれども。
母親が失踪したのだ、と彼は言った。
どうせ、ろくでもない男に引っかかったんだろ。
「施設とか入れられんのは勘弁だから、一応父親らしい男がどんな奴か確かめに来たんだよ」
楓貴は、ため息をついた。
彼の甥っ子は、あまり健やかには育っていないようだ。
その荒んだ表情からも、あまり手入れされていないボサボサの髪型や着古した洋服、全体的に漂うスレた雰囲気からも、それが窺える。
「俺は、君の叔父だ。君の父親は……」
楓貴が言いかけたそのとき。
乱暴に応接室のドアが開いた。
ノックもせず、使用中の応接室にそんな入り方をしてくる人間は、社内には一人しかいない。
彼は、その鋭い眼光で、真っ直ぐに少年を射抜いた。
「聖、か…?」
スレてはいても、そこはまだ中学生になったばかりの子どもだ。
大の男ですら震え上がらせる市敬の視線に、ビビらないわけがない。
少年は一瞬、怯えたような顔をして、そういう顔をしてしまった自分に苛立ったように、プイ、と横を向いて市敬から視線を反らした。
「そうだよ、柳沼聖…柳沼南美の息子だよ」
市敬は、大袈裟な反応は見せなかった。
ただ、自分の息子だというその少年を、ゆっくりと上から下まで眺める。
そして、小さくため息をついた。
「南美がいなくなってどのくらい経つ?」
聖は、驚きつつも歓迎されるか、或いは冷たくあしらわれるか、そういう反応を想定していたのだろう、淡々と聞かれて、拍子抜けしたような顔で素直に答えた。
「もうすぐ二週間」
「飯はどうしてた?」
「冷蔵庫にあったものとか…ちょっとはお金置いていってくれたから、それで」
市敬は、眉間の皺を更に深くした。
普段より一層凶悪な顔になっている。
そこまでくると、聖も虚勢を張るのが難しくなってきたようだ。
怯えを隠すことも忘れて、やや後退った。
蛇に睨まれた蛙のように、強張った顔をしている。
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