第1幕:また、同じ夢を見ていた

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第1幕:また、同じ夢を見ていた

「行かないでくれ!」  そう言って右手を天井へと突き出しながら、俺は目を覚ました。少し前までのことが夢だとわかり、俺は浅くため息をついてしまう。  また、同じ夢を見ていた。  もう何度となく見てきた夢だ。ごくごくありふれた後悔の話。  想いを告げられなかった初恋の記憶。  叶うことのなかった、やり直すことのできない恋の話だ。  俺は行き場を失った右手で目元を覆い、忘れられない過去のことを思い返した。名前も知らない女の子との一夏の思い出、その情景の一つ一つを思い返した。 「けーちゃん」   俺は彼女のことをそう呼んでいた。というのも、彼女に会ったばかりの頃に彼女は身内にそう呼ばれていて、俺はそれを真似て彼女のことを呼んでいた。それだけだ。  俺は彼女の名前を知らない。  ニックネームとかではなく、彼女の本名というものを俺は知らない。そんな女の子に恋をしていたのだと考えると、我ながらバカバカしくて笑える。  いや、もしかしたら今もまだ彼女に恋をしているのかもしれない。彼女との綺麗な記憶に恋心を抱いているのかもしれない。  そして、その真偽を確かめる術すら俺はしらない。     
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