学生宿舎の怪

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青年が自宅へと帰りつくのは、連日深夜を回っている。勉学に励み、そのままバイト先へと向かい勤労に勤しみ、大学にほど近い学生宿舎へと帰り着く頃には、身体はすっかり重たくなっている。 狭い部屋に電気をつける。誰もいない部屋に「ただいま」とつぶやく。一日中鍵を締め切っている部屋はかび臭く、呼吸をするだけで憂鬱が少しずつ色を濃くしながら肺の奥へと吸い込まれていく。 そのまま万年床と化した布団になだれ込むこともできたけれど、青年はそのままベランダへと出た。 風が冷たい。ふっと漏れたため息は白く、瞬時に空へと溶けていく。空気は頬に刺さるように冷たいが、澄み切っていて心地がよかった。 ジーンズの後ろポケットの中で潰れたセブンスターの箱を取り出し、残り2本となったうちの1本に火をつける。長く尾を引く煙のはるか先にはいくつもの星が瞬いていた。 煙草が短くなった頃には、身体は芯から冷え込んでいた。背中がぶるりと震えたため、そろそろ部屋へと戻ろうとしたその時、向かいの部屋の住人が青年と同様にベランダに出ていることに気がつく。 向かいは学生宿舎の女子棟である。どこの誰かは知らないが、同じ大学に通う女子生徒と時を同じくして星空を見上げていたことになる。ロマンチックと言えなくもない偶然に少し気恥しくなった青年は、女子生徒に軽く会釈をして自室へと戻った。
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