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 静かな夜だった。寝室の天井には四灯のシーリングスポットライトが吊るされていた。ライトが放つ光はオレンジ色で光量は必要最低限まで絞られていた。その光は寝室にいる男と女の輪郭をぼんやりと照らしていた。男はベッドの上に裸で寝転がっていた。女は下着を身に着けている最中だった。衣擦れの音はCDプレイヤーから流れてくるドビュッシーの「月の光」と混ざり合っていて、どう見たって事後の余韻に浸っているようだった。しかし、男も女も煮え切らない顔をしていた。特に女の方は借金取りのような顔をしていた。返済してもらいたいのは時間で、この男に費やした今までの時間を返してほしいといった表情だった。残念なことに男には時間を返済する能力はないし、神様が連帯保証人になっているわけでもなかったので借金は踏み倒されるしかなかった。女は「さよなら」と言って寝室から出ていった。男は何も言えなかった。
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