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 静かな夜だった。「月の光」はいつの間にか終わっていて、寝室には同じくドビュッシーの「夢想」が流れていた。二人の間には何事も無かった。用意されたコンドームは紙袋の中で出番をずっと待っていた。しかし、出番はなかった。男は勃起しなかったのだ。男は女には困ったことはないが、いつもここぞというときに奮い立たない自分自身に悩まされていた。その理由をパートナーに伝えなかった。いつもそれが原因で女とうまくいかない。  男はCDプレイヤーを止めて、机の上にあるノートパソコンの電源を入れた。インターネットを使ってポルノサイトにアクセスした。困ったことに勃起はしないが性欲は溜まる。画面のいたるところに男を刺激する広告やサムネイルが並んでいる。男はタイプの女性のサムネイルをクリックして動画を見る。さっきまでいた女の面影があった。動画の中の女は肢体と声と表情を駆使して男を刺激した。男も自分の右手を使って後押しをした。しかし、それでも男は勃起しなかった。  動画を再生したまま男はキッチンに行った。冷蔵庫から発泡スチロールのトレイに入った三百グラムほどの鶏むね肉の塊を寝室に持ち込んだ。フィルムをはがし、その肉を手に取り思い切り噛みついた。その肉は食べるのではなく噛みつくために用意されていた。ひんやりとして張りがある艶めいた肉塊に歯を立てる。肉の繊維を噛みちぎるときの音、感触、 歯ごたえそのすべてが男を刺激した。すると男は勃起した。男は自分の右手を使って自慰をおこなった。射精する前に違う動画を探した。男が選んだ動画の中にいる女性はバイト先の気になる後輩の女の子に似ていた。 射精をして、宙づりにされていた性欲を処理した。自分でどうしようもできない体は本当に自分の体なのだろうか。男はそう思った。  男は噛みちぎられて口の中に残った鶏肉をティッシュペーパーに吐き出してごみ箱に捨てた。残りの鶏肉も同様に捨てた。「あの子がこの姿を見たらどう思うだろう? 」と男の頭をよぎった。そんなこと考えるなんて・・・・・・ 「気持ち悪い」
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