迷宮洞窟

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迷宮洞窟

 私が生まれ育った町は周囲を山に囲まれた盆地にあり、開発が進む県内でもまだ豊かな自然が残る場所でした。  ですから子供の遊びも大抵は自然の中にあり、山でクワガタやカブトムシを捕ったり、川や池では魚釣り、水田でオタマジャクシやドジョウを捕まえるなんてこともやっていました。  擦り傷、切り傷なんて当たり前で、泥だらけになって帰宅しては母が顔を顰めていたのを思い出します。  しかしそんな腕白ざかりだった私が唯一近付かない場所があったんです。  それが迷宮洞窟でした。  と言っても実際は迷宮などではなく戦時中に作られた防空壕跡だったそうです。  それが何時の頃からか子供の間でそう呼ばれるようになって、私が小学校に上がる頃にはクラスで、いや校内で知らない者はいなかったのではないかと思います。  この洞窟の前にはいつも「入るな危険!」、「立ち入り禁止」と物々しい立て札が並んでいました。  主な理由としては落盤の危険があるためだったと聞いていましたが、そんな外観も相まってか子供の間ではとある噂が広がっていたんです。 「いいか? この洞窟に入ると最初は二つに道が分かれているんだ」  この話はいつもこんな決まり文句から始まります。  洞窟に入ると最初は二つに道が分かれている。どちらかを選び進んでいくと今度は四つに分かれた道が現れる。そのまま進むと次は八つ、次は十六、次は三十二と分れ道がどんどん数を増していくのです。  さすがに恐ろしくなって来た道を戻ろうとすると、戻りは一本道のはずなのに何故か二つ分かれた道が見えて、その先には四つ、八つ、十六、三十二と帰り道もまるで蟻塚のように広がっていく。  進んでも戻っても道は増えていき、そうやって洞窟から永久に出られなくなった人たちが今もまだあの中を彷徨っている。という話なのですが、当然これは両親が子供の頃からある物で、迷いこんだのが意地悪な役人だったとか、進駐軍の兵隊だったとか、暴走族だったとか時代によって様々なのだそうです。  そうやって歳を重ねた時「ああ、あれは作り話だったんだな」と気付く訳ですが、私にはそれでは片付けられないある思い出があります。
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