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秘密の関係
「じゃあ、今日の仕事の後 “いつもの場所” で」
人気の少ない午後3時過ぎのオフィスの廊下で、すれ違いざまに私にだけ聞こえる声で、民野課長はそう囁いた。
「はい…」
私は周りを気にしながら、彼に合わせた小さな声で返事をする。
誰かに聞かれてなかったかな…?
もう一度周りを見回し、民野課長以外に人の気配がないことを確認してホッとする。
そして自分の席に戻ってデスクの足元に置いていたバッグを開き、中をチェック。
よし。ちゃんと持ってきてる。
ていうか、いつでもいいように、いつもバッグに入れてるんだけど。
私はそれが間違いなくバッグの中に入っていることを確認すると、この後訪れるであろう甘美な時間を想像し、自然と頬が緩む。
やばいやばい。
こんな顔、誰かに見られてないよね。
絶対に知られてはダメ。
私は独り身だけど、民野課長は妻子のある身で、且つ私の上司。会社では切れ者の冷徹課長で通っている。
そんな課長が私にだけ見せるあの恍惚の表情…。
この顔を見られるのは、きっと私だけ。
課長は、こんな顔は奥様にすら見せていないのだと、以前恥ずかしそうに教えてくれた。
それって、私、喜んでいいのかな。
自惚れちゃっていいのかな。
でもひとつだけ困っていることがある。
この私のバッグに忍ばせている“こういうもの”は、必ず私に買ってこさせるのだ。
私だって買うの恥ずかしいのに…。
『オレがそんなもの買って、家に持って帰れるわけないだろう』
秘密を分かち合う間柄になってからもう2ヶ月にもなるのに、課長はそんな冷たいことを平気で言う。
分かる。課長の言ってることも分かるんだよ。
奥様に見つかってしまえば、もうこの関係ではいられなくなる。
でも、二人で一緒に買いに行きたいとも、思ってる。
私だってもうすぐアラフォーとはいえ、女だもん。
最近は色々なタイプも出ていて、固いのだけでなく、柔らかくてプルプルした可愛らしいデザインのものも多い。
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