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思わず横を向き、暗闇に声をかけた。
「兄ちゃん?」
もう一度呼びかける。
返事はなかった。
かわりに、もそもそと布団から這い出る音が耳に届いた。
それから、「みしっ」という床を踏みしめる音。
・・・・・・トイレにでも、行くのだろうか?
しかし、鈍い足音は廊下ではなく、自分の方へと近づいてくるのが気配でわかった。
目の前に、人の形をした黒い影のようなものが立っているのがわかった。
不意に、猛烈なカビ臭さが鼻腔を襲う
その瞬間、首筋のうぶ毛が、一気に逆立つのを覚えたという。
Dさんは反射的に、手に持っていたスマートフォンの明かりをかざした。
目の吊り上った男が、にたにた笑いながら自分を見下ろしていたという。
顔がぐじゅぐじゅに溶けていたという。
ライトに当てられたからか、男は不快そうに顔を顰めると、「ちっ」と舌打ちをして、闇の中に消えていった。
金縛りにかかったように動きを止めていたDさんは、弾かれたように飛び起き、急いで部屋の明かりをつけた。
兄の姿は、どこにもなかった。
それどころか、さっきまで普通の部屋だと思っていたことが嘘のように、醜悪な状態と化していた。
壁一面に、びっしりとカビが生えていたという。
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