0人が本棚に入れています
本棚に追加
カビ
都内に住むDさんという方が体験した話らしい。
地元の大学を卒業後、就職のために上京してから三年ほど過ぎた頃に、実家の兄から突然連絡が入ったという。
「俺、東京に引っ越したんだ」
年齢も一つしか変わらず、仲の良い兄弟だった。だからこそ、その報告は寝耳に水で、聞けば、部屋に越してきたのは一週間も前とのことらしい。
せめて事前に一言くらいあってもいいのに。Dさんは少し呆れながらも、これから家に遊びに来ないかと電話越しに誘ってくる兄のあっけらかんとした物言いに、思わず肩の力が抜けた。
明日が日曜ということもあり、泊りがけで向かうことにしたという。
電車を乗り継ぎ、兄の住む最寄り駅に着いたときには日も暮れていた。
スマートフォンを頼りに教えられた住所へと向かうと、やがて年季の入ったアパートが見えた。
部屋の前には、しっかりと表札もかかっている。
「・・・・・・会うのは正月以来かあ」
駅前のスーパーで買い込んだお酒に目を落とし、なんだかんだで気持ちを弾ませながらインターホンを押した。
「おう」
ドアが開き、兄が出迎えてくれた。
「久しぶりだな。まあ、上がってくつろいでくれ」
髪はぼさぼさで、服装は上下灰色のスウェット姿。まるで正月に会った頃そのままのようなラフな姿で、逆にほっとしたという。
「ったく、急に上京したなんて言うから、何かあったのかと思って心配しちゃったよ。でもその調子だと、特に深刻な理由はないみたいだね」
靴を脱ぎながら兄の背中に声をかけたDさんだったが、ふと、違和感を覚えて鼻をすすった。
部屋がわずかに、カビ臭いのである。
周りを見回してみる。何の変哲のない1Kタイプだ。ダンボールの整理もすでに完了しているようで、兄のだらしない格好に比べて、部屋自体は綺麗だった。
・・・・・・まあ、だいぶ古そうなアパートだしな。
臭いは気になったが、引っ越してきたばかりで水を差すのも悪いと思い、口には出さなかった。
買ってきたお酒で乾杯し、久しぶりに兄弟二人で時間を過ごしたという。
最初のコメントを投稿しよう!