第1章

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 さっきの女にきいてみようとクリーニング屋をたずねた。店主だろう、中年の男がはだかのおれを見て目を丸くした。ことの次第を話したら、店主はうんざりした顔をした。 「もしかして、エプロンした若い女の子?」 「そうです。モップがけしてて、調子の悪い乾燥機を蹴飛ばしてくれて、シミ抜きのサービスのことを教えてくれて……」  店主はため息をついた。 「あの子、ちょっとおかしい子なんだよ。いつもではないんだけどさ、洗濯物を持ってっちゃうんだよな。盗難注意って貼り紙してあったでしょ」  うんざりするのはおれの番だった。川で釣ったナマズたちというのも作り話かもしれない。たしかにアロワナはいた。大きな水槽のなかでゆらりとターンした。 「なんで捕まえないんですか?」 「知り合いの娘さんでさ……。すぐ連絡して返してもらいますよ。すみませんね。何がなくなってました?」  店主に立ち会ってもらい、ふたたびコインランドリーに入った。おれではない誰かが回していた乾燥機も空だが、面倒なのでそれは言わない。 「布団はあるみたいです」 「下着とかそういうのは?」 「洗ってないです」 「そう、よかった」  乾燥機の扉を開けた。いや開ける前から予感はしていた、窓から見えたから。でも開けないわけにはいかないし、いっしゅんのうちにただしい判断ができるわけもない。  わっ。わあ。  店主とおれは声を上げた。中でふとんが破れたのだろう、勢いよく羽毛が飛び出した。乾燥機であたためられてほかほかした無数の羽根が、どおっとあふれ、おれたちは羽根まみれになった。  店主の薄い髪を白いふわふわが飾った。おれのあたまもだろう。 「天使みたいですね」  こんな文句はハイジさんにも言ったことがない。言えたらなにかちがっていたろうか。あのときハイジさんが泣いたら、涙をぬぐってやったろうか。  ……ハイジさんは、おれに女の恋人ができそうだったから腹を立てたわけではなかったろう。おれが別の誰かと天秤にかけたから、いやになったし、傷ついた。そんなことはわかっていた。 「たしかに天国みたいだなあ」  店主ものんびりした声で言い、しかしすぐにちゃんと慌てた。
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