第1章

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「これ古い布団でしたかね、あんまり長時間乾燥にかけてると破けちゃうこともあって、こういうのは保障できないんですよ、申し訳ないけど。あの子が持ってっちゃったぶんはすぐ返してもらって弁償もしますけど、こちらのぶんはお客さん責任ということで……」  店主はポケットからひっぱりだし、五千円くれた。シーツ代というか毛布代というか口止料というか、ようするにおれは五千円で買われた、天国まで来て。  骨組みだけのビニルハウスの銀色が、あたまの片隅で鈍くひかる。 「本当に、迷惑かけて申し訳ないですね」  店主はあたまを掻いた。あたまにへこみがあるかはわからない。さっきの女は知り合いの娘でなく、このひとの娘かもしれない。  ナマズはやはりじっとしており、ひげが揺れたのだけ見えた。連れてこられ、放されたさかなたちがうまく生きのびるには、どうしたらいい?  へこんだあたまで考える。  やがて電話がかかってくる。 「きみ、嘘ついたでしょう」  電話の声は川だ。あなたの川面は油膜のようにぎらりと揺れて、底を見せずに流れてゆく。 「ピラルク、さばいてもぜんぜん血だらけにならなかったよ。いまやってみたんだけどね。たしかにうろこは硬いね」 「いま?」  おれはばかみたいな声を上げてしまう。 「そうよ。いま釣って、いまさばいたの」 「雨降ってない?」  問うべきはそこじゃねえ。本当に、おれは何を言っているんだろう。あなたの前でおれはどんどんばかになってゆき、そのことが、どうしてこんなにうれしいんだ。 「傘くらい持ってる」  あなたのくすくす笑う声がきこえる。  あなたの青白い乳房を想像する。寝そべると左右に広がって流れてしまうから、顔をうずめるには掴んで寄せねばならない。左手にごめんねを、右手に好きだを。さて、どっちからやるべきか? 「それ、いまから食べに行ってもいいかな」 「どうぞ」  いっぺんでもいいですか。シャツならすでに脱いでいて、あなたがはがしたうろこは光にまたたき桃色を見せ、川の中で血が流れた。  やっと洗濯機の外に出た。
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