第1章

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 アルプスの少女ハイジのハイジです。ぜんぜんそんな見た目じゃない。どうしてそんな名だったのか知らない。古着屋で働いていて、ビンテージのブーツが似合っていて、ひげが硬かった。 「古着屋の横でサンドイッチ屋をやりたいなあ」  ある日ハイジさんが言った。親戚が電装屋をやっていて、会社を手伝うよう誘われていると話してくれたときでした。 「なんでですか?」 「うまいパンを好むひとは、おれと服のシュミが合いそうだもの」  ハイジさんの作るバインミーはうまかったです。ベトナム風のサンドイッチ。小さいフランスパンになますとチキンがはさんであった。バインミーとは、biteとmeのことかと思ったら、そうでなく、ベトナム語でパンというイミだそうです。フランスの植民地支配を受け、パン食が広まった。 「Bite me」 「Buy me」  きちんとした恋人づきあいをしていたわけではなかった。ときどきめしを食ったり近場に旅行したり、いいレコード屋を教えてもらったり。ついでのようにセックスもしました。そのたびハイジさんはおれのペニスをいじって「クララが立った」とふざけました。 「クララのばか、もう知らない」  ゆうめいなあのせりふをのたまい、くわえてくれました。噛みはせず。金銭のやりとりもなく。  セフレというほど割り切ってはいなくて、親しい友だちづきあいの延長にセックスがあったというか、セックスがあったから仲良くなれたというか、このあたりの感覚って伝わりますかね。  それで、あるときホテルでシーツを汚してしまった。がっつきすぎて出血させてしまった。ついでにほんのちょっとだけハイジさんの尻から便が垂れてしまった。潤滑に使ったものや互いの体液とまざっていたため、色のついた水という程度ではあったのですが。 「やばい」  ハイジさんは恥ずかしがるより落胆しました。落胆し、焦りました。そのころ男どうしで入れるホテルは少なかったです。今もでしょうか? 「おれたちが汚したせいで、ここもNGになっちゃうかも」  ハイジさんは真剣な顔で言いました。あまりに思い詰めた顔をしているので泣くのかと思いました。 「まさか、大丈夫ですよ」  そのホテルの部屋にはどういうわけかアップライトピアノがあって、いつも鍵盤にペニスをのせてふざけていました。ペニスでかえるのうたを弾いてみた。ねこふんじゃったは難しかった。 「でもおれは誰にも迷惑をかけたくないよ」
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