第1章

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「誰にもって、それ、誰のこと言ってます?」  ハイジさんが言ったのはシーツを始末するホテルの清掃係のことでなく、男どうしでセックスする自分たちと同じような誰かのことだと思いました。知るかよ。おれは自分のセックスが何かを代表するものだなんて考えたことがなかったし、そうするつもりもありませんでした。  そのすぐあと、おれはバイト先の女の人といい雰囲気になり、ハイジさんに報告しました。 「いいんじゃないの、女もいけるんでしょ」  笑って頬にキスをくれ、しかしそれきり連絡が途絶えました。電話もメールもつながらず、共通の知り合いも揃ってくちをつぐみました。  いやよくある話ではあったのです。バイセクシュアルを打ち明けていた場合、同性の恋人ができるとみんな祝福してくれますが、異性の恋人だと白けた顔をされます。やっぱり女がいいんだ、けっきょく女に逃げたんだ、なーんだ。  クララのばか! もう知らない!  やがて羽毛布団の脱水が終わりました。  乾燥機に移し替えたときちょうど自動ドアが開き、エプロン姿の若い女が入ってきました。おれを一瞥し、まるいケツを振ってすたすた歩きました。となりのクリーニング屋の店員でしょう。モップで床を拭き始めたから。  さっきあなたに昔話をしていたらどうだったろう。あなたは驚いたでしょうか。うまく話せる自信がないし、どうして打ち明けたいのだか、言ってどうしたいのだか、わかりません。おれの独りよがりでしょうか。家族や友だちの誰にも言ったことはなく、言わなくて済んでいることで、だからなんだっていうんだろう。  水族館でピラルクを見たとき、はがれたうろこにさわらせてもらえるイベントがやっていた、どんな感触だったかおぼえていない、飼育員が「靴べらになるんですよ」と言ったことだけハッキリ記憶している。  あたまのへこみにふれてみる。骨がへこんでいるまま大人になってしまった。  ぎぎぎぎぎぎぎいいいいい。  乾燥機からいやな音がしました。故障だろうかと振り返ると、すかさず女が言いました。 「大丈夫ですよ、それ」  慣れているのでしょう。平然とした調子でした。 「古いからときどきへんな音がするんです。叩けば平気です」  そうして乾燥機の扉下を思い切り蹴飛ばしました。ガン! とうるさく鳴って、乾燥機は機嫌を直したのか、おとなしく回りはじめました。 「ほらね」 「叩いてない。蹴った」
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