第1章

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「汚れが酸化しちゃうと落とせないですね。でもそういうシミも、染色して補正はできますよ。元の生地と同じような色を乗せて、目立たなくしてあげるの。あんまりシミを深追いすると、布がやぶれちゃうから。大事な服ならそうやって直して、長く着たいですもんね」  親切でおしゃべりな店員です。急にイライラしてきました。乾燥機を思い切り蹴飛ばしたくなり、代わりにあたまのへこみにふれました。ほかのひとには、おれがあたまを掻いているみたいに見えるにちがいない。 「いや、いいです」  おれはシャツを脱ぎ、洗濯機に投げ入れました。やけに大げさな音がした。 「いま洗うんで、結構です」  そういうわけで車のシートを倒して寝転んでいます。服を脱いでしまって、コインランドリーの中にいるのが気まずくなった。最初から車で待っていればよかったのでしょうか。そうすればそもそもコーヒーをこぼさなかったかもしれない。はだかの背中にシートがちくちく痛い。でかいけものに抱かれているみたいです。車はまだ骨になっていない。  あなたの白い手が好きです。かさついてしわが寄り、血の管があおく透けている。あちこちシミが浮いて、月面みたいでいいなと思います。爪にタテの線が入っている。雨筋みたいだ。手に歳が出るからといくつもの指輪で飾っている。指輪はみなくすんだ銀色で、持ち主同様、年季が入っている。  ひんやりした段腹が、背中の丸いラインが、白いものの混じる頼りない髪が、つまむと伸びる首の皮膚が、すごく好きです。あなたのうすい陰毛を鼻先でかきわけるとき、おれはとても幸福な気持ちになる。  あなたは両親と犬と一緒に住んでいて、老いたかれらの世話があるからあまり家を空けられないという。めったに泊まりに行かれない。不自由なのだと苦笑した。あなたはだいたいのことを笑って流す。仕事の愚痴も身体の不調も、困った顔でちいさく笑う。すぐにしぼむ花みたいに。  すると目尻や口元にしわが寄り、それだっておれにはチャーミングに映るのですが、ファンデーションがよれてしまうとあなたは嘆息する。たしかに塗装にはひびが入り、笑った痕跡がいつまでも残る。そのひびをなでたいと思う。
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