第1章

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 あなたが両親と犬を当たり前に愛して(疎ましがって)いることが素敵だと思う。少々耳の遠くなった母親に電話するときのゆっくりした大声とか、スマートフォンで犬の動画を見せてくれるときのたどたどしい手つきとか、すごくかわいいなと思うんです。  というようなことを言いかけたら、やはりあなたは「からかってる?」と苦笑した。  好きになるのは歳上の人ばかりです。なぜときかれても困る。「同世代の子はつまらない?」、わからない。とくに憎んでいるわけではないけれどようするに勃たない。あなたは呆れた。 「つまりおばさんが好きなのね」  おばさんだから、おじさんだから、あなたやハイジさんを好きになったのか? そりゃあ、そうなのでしょう。あなたが、ランドセルの女の子や川のナマズにあえて恋をしないように。でもそういうおれの線引きは、あなたを、ハイジさんを傷つけたのでしょうか。  おじさんとつきあってたこともあるんですよと告白したら、あなたになんらか安心してもらえるでしょうか。逆効果でしょうか。おれがあなたにしゃべっちまいたいだけで、属性ではなく経験としてぜんぶ打ち明けたいだけで、どうしてだろう。あたまがへこんでいるからわからない。  昨晩あなたが言った。職場の近くになかなかいいサンドイッチ屋さんができたのと。ホットサンドがおいしかったよ、いろんなメニューがあって、バインミーサンドもあったかな、めずらしいよね。お店のなかでちょこっとアパレルも扱ってて、きみ、そういうの好きでしょ、と。  まさかハイジさんがやっているはずはない、そんな偶然あってたまるか。でも、長話をしたくなってしまった。まるごと話したらあなたはなんて言ったろう。ハワイ出身なの? かっこいいね、って言ったことは、撤回してくれますか。なんにも格好良くないです。おれに影響をおよぼしているのはおれのあたまのへこみだけで、ほかのことはなんにも関係ない。  そんなふうに電話してみたくなり、スマートフォンを握っています。平べったい機械は手の中でぬるくなり、時間ばかり過ぎてゆく。もしもし。もしもし。ぜんぜんうまく言えそうにありません。 「そんな店員いませんよ」  そろそろシャツが乾いたろうと見に行ったら、洗濯機のなかみが消えていた。シーツと毛布もだ。
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