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彼女がはーい、と返事して救急箱の横にあるマスクの箱から一つ取り出した。自分の意見が通れば後は素直になるのはずるいと思うのだけど、出会った頃から彼女はこんな感じなのだ。
マスクをしながら彼女がこちらを向いた。
「さとーくんは作ってるのをずっと見てるのかな?」
「……ベッドに戻らせてもらいます」
「どうぞ、どうぞ!」
ここは誰の家なのだろう。家主であるはずの僕が迎え入れているのでもない彼女が主導権を握っている。頭が痛い。そうだ、風邪を引いているんだからそれは当然で。彼女が我が物顔で闊歩して小鍋を用意しているのがおかしいはずだ。
それを口に出す元気もなく、すごすごと自室へと戻る。潜り込んだベッドは自分の熱がまだ残っていて生ぬるい。そして湿っぽくて気持ちの悪さを助長した。それでも横になるとほっとして力が抜けるのだから、体調が悪いというのは嫌になる。心までも重力に逆らえなくなっている。
何もかも億劫になって、周りからの情報をシャットアウトするように掛布団を目の下までしっかりとかける。それでも薄い壁の向こうからキッチンの物音がする。ザーザーと水が流れる音がしてから、カシャカシャと何かをかき混ぜる音がする。正直なところ、起きた時にご飯があるのは有難いが、それを作ってくれるのは別れようと思っている彼女なのだ。きまずいこと極まりない。
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