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紅い嫉妬と蒼い欲望
「泡沫!」
窓辺に置いた椅子に座って煙管を燻らせる彼を、少女の様な甲高い声が呼び付けた。
気怠い躰を動かしたくなくて視線だけをそちらに遣ると、赤を基調にした振袖を着ている嬢子が戸口に立っている。
金色の髪を肩口で切り揃えた彼女からは幼い印象を受けるが、泡沫に引けを取らない美人だ。
「紅……。そんな所に立ってないでこっちに来いよ」
紅と呼ばれた彼女は、それでもそこから動こうとはしない。
面倒臭そうに舌打ちをした泡沫は、仕方なく素足のまま冷たい床を歩く。
「何だよ」
「アタシにも、ちょうだい」
皆まで言わずとも、何の事を言っているのかは容易に理解る。
彼女の視線は、泡沫の首筋に注がれていた。
泡影によって付けられた吸血痕は既に消えているが、白い肌は俄に赤く腫れている。
煙管の吸口を離して溜息を吐いた泡沫は、紅と対峙する様に戸口に背を預けた。
「泡影ばっかり、狡い」
「…………」
「何も言われなくたって分かるわ。泡影から、泡沫の匂いがしてたもの!」
「煩ぇ。お前にゃまだ早ぇんだよ」
「そんなことない! アタシだって絶対に泡沫のことキモチ良くしてあげられる!」
「バァカ。そういう問題じゃねぇんだよ」
「アタシのこと、子供扱いしてるでしょ」
「店に出してやってるだけ有り難いと思えよバァカ」
「はぐらかさないで!」
脳に直接響いてくる様な大きな声を出され、泡沫はあからさまに嫌な顔をする。
そんな態度の彼に苛立ちを抑えられない紅は、感情に任せて言葉を吐き続けた。
「どうして泡影は良くてアタシは駄目なの!? 泡影なんて所詮下僕じゃない! あんなヤツにどうして血をあげるの!!」
「紅……」
「何よ、謝らないわよ」
「お前のそういうところがガキなんだよ。とっとと失せろ。今日は店にも出さねぇからな」
「──最低ッ!」
怒りを顕わに金髪と袖をはためかせて、紅は長い廊下の奥へと消えて行く。
彼女の足音が聞こえなくなってから溜息を吐いた泡沫は強烈な目眩に襲われ、戸口を背にしたままその場に崩れ落ちた。
──あの野郎……加減てモンを知らねぇのか……!
その音を聞き付けたのか偶然通り掛かったのかは定かではないが、泡沫が床の上で仰向けになると、紅が去っていったのとは反対側から、若い男が彼を見下ろしていた。
鮮やかな青の着流しに、黒の羽織。
泡沫とは違って、その襟元は禁欲的な様を感じさせる程きっちりと合わせてある。
やや華奢ではあるが、美丈夫という言葉が具現化した様な風貌の持ち主だ。
一つ欠点を上げるならば、漆黒の髪と瞳が彼に冷たい印象を与えていることくらいだろうか。
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