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「……蒼、か」
「そんな所で、何をされているのですか」
泡沫は自らの傍らにしゃがみ込んできた蒼に手を伸ばし、起こせ、と一言だけ告げる。
蒼は云われた通りに白い手を取り、体重を感じさせない躰をそっと抱えるようにして支えた。
「泡沫様」
耳元で静かに響く声に軽く返事を返すと、青年の冷ややかな視線が泡沫を射抜く。
「程々にしないと、死にますよ。僕や紅程若くないんですから」
「てめぇ……犯すぞ」
「動けないくせに強気ですね。でも、泡沫様にそうされるなら本望ですよ。ああ、どうせなら逆がいいですね。貴方を暴いて……懇願されるのも良い」
泡沫の胸倉に指を掛けた蒼の声は冷笑混じり。
勝ち目の無い言い合いに、泡沫は悔しそうに舌打ちした。
泡影に血を与え過ぎた今の状態では、口答えだけが精一杯というもの。
蒼もそれを理解っていて言っているのだから質が悪い。
蒼が言うように、泡沫は蒼や紅の倍以上は生きている。
長命のヴァンパイアに年齢はさほど関係無いが、衰えは生きている限り確実に迫ってくるものだ。
見てくれは勿論、能力も、血も、何もかもが、やがては老い朽ちる。
「大丈夫ですか? 今夜は『あの方』の御予約が入っていますよ」
「ああ……。たんまりと賄賂をネジ込んでやんねぇとなぁ……」
「店よりも、泡沫様ご自身の心配をして下さい」
溜息混じりに言う蒼は、床に転がったままの赤い煙管を拾い上げた。
それを自分の主である泡沫に渡してから、彼の躰を抱きかかえる。
部屋の奥に有る天蓋付きの広い寝台に主を寝かせ、乱れた銀の前髪を指で退かした。
青白い顔色とは違って強い光を宿す銀の瞳に、蒼は思わず溜め息を漏らす。
「少し休んで下さい」
「……珀を呼べ」
「アレは今日居ませんよ」
「使えねぇヤツだな。じゃ、お前でいいから脱げ」
「そんな状態で動けるんですか?」
「黙れ。お前は俺より若ぇんだろ? 頑張れや」
「頑張ったら、僕にも頂けますか?」
口角を上げてニヤリとした笑みを浮かべる蒼に、泡沫は淫猥な笑みを投げ掛けた。
「クセになんぜ?」
「望むところです」
「俺の血無しじゃ生きて行けなくなるぞ」
「この上ない幸せです」
主からの思いも寄らない許しに、蒼の顔に悦が入る。
ペロリと赤い唇を舐めた泡沫は、ゆっくりと起き上がり蒼の襟を強く掴んだ。
そして、勢いに任せて寝台に組み敷く。
「……ふふ。紅が知ったら怒りそうですね」
楽しそうに笑う蒼の羽織と着流しの襟元を一気に暴いた泡沫は、何の前置きも遠慮も無しに、その首筋に牙を突き立てた。
躰を襲う突然の痛みに、蒼は息を詰める。
「……泡沫、様。さっきの、根に持ってます?」
聞こえてくるのは、熱を帯びた荒い息遣いと血液を啜る音だけ。
肌を滑るねっとりとした舌の生々しい感触と、泡沫の牙が与える身震いする程の快感。
奥深くを抉られる度にコプリと音がして、湧き出る血液を嚥下する音が耳元に響く。
その音すらも淫靡なものに聴こえて……。
蒼は鼓動の高鳴りを感じながら、空いている両手で泡沫の赤い帯を解き始めた。
衣擦れの音と水音が響く部屋の戸は開いたままで。
けれど、そんな事はどうでも良かった。
誰に見られた所で困りはしない。
嫉妬する者は居ても、ふしだらな行いを咎める者などここには居ないのだから。
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