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「お前、名は?」
自分に向けられる声に肩をびくつかせながらも、彼は唇を動かした。
「神楽」
「……カグ、ラ?」
軽く首を傾げる泡沫に、珀は苦笑いで付け足す。
「神へ捧ぐ歌の『神楽』ですよ」
その言葉を聞いた途端、泡沫は声を上げて笑い出した。
「人間の癖に神の名を冠するとはなぁ! しかも『商品』……ククッ。最高じゃねぇか」
「俺はちょっと不吉だと思ったんですけどね……。でも、泡沫さん面食いだから、彼より良い『商品』なんて見付からなくて」
「不吉な名前だろうが何だろうが、人間ならそれでいい。黒髪に碧眼ってのも珍しいしな。気に入ったぜ」
上機嫌に笑う泡沫は、安楽椅子の前にある机に凭れ、煙管を手に取る。
風雅な仕草で火を点ければ、あっという間にその香りが室内を包み込んだ。
「ヴァンパイアも人間も、生きてる事には何ら変わりねぇのに、客の奴等は『商品』には手加減しねぇからな。アイツら、禁止事項の所為で人間に飢えてんだ。ここぞとばかりに喰い散らかしやがって大事な『商品』を『壊して』いきやがる。お前は、いつまで保つだろうなぁ……」
嘲笑とも同情とも取れない表情で、クク、と泡沫は小さく笑う。
薄紅の唇が再び煙管の吸い口に触れようとした瞬間、手から滑り落ちたそれは床で跳ねて乾いた音を立てた。
「泡沫さん?」
手を見詰めたままの彼に珀がそっと声を掛けると、「滑っただけだ」と返ってきた。
転がった紅い煙管を自分で拾い上げた泡沫は、無言のままそれを煙草盆に戻す。
再び視線を神楽に遣り、ニヤ、と口角を吊り上げた。
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