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「そんじゃ、早速てめぇの血でも味わわせて貰おうか」
ゆっくりとした歩みで神楽に寄り、彼の横顔に手を伸ばす。
びくり、と肩を揺らして躰を強張らせる彼に笑みを投げ掛けつつ、顔を隠す黒髪にそっと触れた。
「若い人間の血ってのは、好きじゃねぇんだが……」
「泡沫さん若いヴァンパイアも嫌いじゃないですか。好き嫌い多くて大丈夫ですか?」
「良薬口に苦し、ってヤツだ。別にわざわざ不味いもん飲まずとも、てめぇと泡影だけで十分なんだよ」
「俺、泡沫さんに愛されてるって思って良いですかね?」
「莫迦莫迦しい妄想だな。おい、神楽。手ぇ出せ」
出せ、と言われても、目先の恐怖が先走って、神楽の躰は動かない。
カタカタと震え出す躰を、泡沫は軽い溜息と同時にそっと抱き締めた。
「別に取って喰いやしねぇよ」
そう、耳元で囁き、耳朶を牙で食む。
鋭い痛みに神楽が慌てて身を引くと、泡沫は神楽の血がついた薄紅の唇を舐めていた。
「……不味い」
ぽつりと泡沫が漏らした途端、その躰が膝から床に崩れ落ちる。
「──泡沫様!!」
一瞬の出来事に神楽は硬直し、泡影と珀は泡沫に駆け寄る。
「……一々、騒ぐんじゃねぇよ……っ、泡影、血、寄越せ」
自分の首筋に口元が当たるよう、主を抱えた泡影は急いで襟元を緩めた。
「御無理はなさらないで下さい」
「泡影さんの言う通りですよ。躰辛いんなら、上で待っていればいいのに」
泡影にしがみついてその首筋に牙を立てる泡沫の表情は暗い。
血を啜る水音が室内に響くのと同時に、泡影の白いシャツが朱に染まっていく。
泡沫を強く抱く泡影は恍惚とした表情を浮かべ、華奢な躰を更に強く掻き抱いた。
その様を唯呆然と視ている神楽に、珀はそっと耳打ちする。
「ヴァンパイアの牙は、快楽を与えてくれるんだよ。君も、その内理解ると思うけどね」
「……快、楽?」
「秘め事と一緒。気持ち良いんだよ。でも、気を付けてね。君は人間だから。うっかりしてると失血死しちゃう。ここで生き抜く為には、慾に溺れないこと。何か有れば助けてくれるけど、警護は泡影しか居ないから余り期待出来ないけどね」
苦笑いを浮かべる珀に、神楽は顔を青ざめさせるばかりだ。
底知れぬ恐怖に冷たくなっていく躰を抱え、俯く。
そんな彼に掛ける言葉に迷った珀は、肩に掛けたままの鞄から小さな小瓶を取り出した。
中で透明な液体が揺れているそれを、神楽に握らせる。
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