女の勘と母の情

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女の勘と母の情

 一階、受付奥の執務室。  泡沫はその部屋の安楽椅子に凭れて煙管を燻らす。  扉越しに聞こえる話し声や物音に耳を傾ければ、今夜の店の賑わいが容易に想像できた。  血と快楽を求めるヴァンパイアに、甘美なる一時を。  本能が求める慾を埋める為、ヴァンパイアや人間、そして混血の自分を客に提供する。  血を飲むも良し、性欲を満たすも良し。  全ては、客の望むままに。  蒼に襲われたあの日以来、常連客の指名を全て断っていた泡沫だが、この日は不思議と躰が軽い。  泡影の血を飲み、情事に耽っていた所為だろうか。  時折軽い渇きを感じる事はあったが、肉体的にも精神的にも満たされている今は取るに足らない感覚だった。  けれど、店の中に充満する芳しい血の香りを嗅いでいれば、血が欲しいと躰が訴え始めてしまう。  本能が求める欲求に忠実な躰は次第に熱を持ち始め、男でも女でも誰でもいいから掴まえて、その身に燻る欲を満たしたい。 『商品(神楽)』の代金を受け取りに来た珀をあっさりと帰してしまった事に軽く後悔を感じながら、泡沫は脚を組み替えた。  気晴らしに煙管の刻み煙草を詰め替えていると、部屋の戸が叩かれた。  失礼します、という言葉と同時に入って来たのは泡影。  その表情は少し堅い。  何かあったのかと思い、泡沫は煙管を置く。 「──紫様がいらっしゃいました」 「……紫?」  久し振りに聞くその名に、泡沫は軽く溜息を吐く。 「冷やかしに来たのか?」 「いえ、御客様としていらっしゃいました」  幼い頃に親に売られた泡沫を買い取り、手塩に掛けて彼を育て上げた彼女は、言わば泡沫の育ての母とも言える存在だ。  一時期は絶縁状態ではあったものの、泡沫が自分の店を持つようになってからは時折彼女が泡沫の店に訪れていた。  来る度に嫌味の一つや二つ置いて帰る彼女ではあるが、数回に一度は客として泡沫を指名していた。  泡沫と同様に混血である彼女は、自分よりも若い泡沫の血を大層気に入っているのだ。 「お断り致しましょうか」 「いや、いい。二階の準備をしろ」 「宜しいのですか?」 「今日は調子が良い。それに、偶には俺も他の客に顔視せとかねぇとな」
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