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秘事の夜
「──ようこそおいで下さいました、焔様」
籐で作られた一人掛けの椅子に深く腰掛けている男は、三つ揃いの黒い背広を着ている。
堅物で神経質そうな顔をしている彼に、泡沫は恭しく頭を下げた。
大きな百合を象った文様があしらわれている風雅な着物をその身に纏い、薄く形の良い唇には銀朱色の紅が差してある。
華奢な肩が映えるよう着崩されたその胸元に豊満な胸が無い事を除けば、誰もが妖婦と見間違えただろう。
泡沫の類い稀な美貌は、性別、種族を問わず全てを魅了する不思議な色香を備えている。
焔という名のこの男に会うのは、これで三度目だった。
ゆったりとした足取りで男の傍らまで歩を進め、泡沫はその足下に跪く。
「議会にお勤めになられる貴方様に御足労をお掛け致しまして……」
「止めてくれ」
頭上から降り注ぐ声に泡沫はゆっくりと顔を上げ、銀縁眼鏡の奥の瞳へ含みのある笑みを投げ掛けた。
「度重なる御来館と御指名、感謝していますよ──義兄様」
「……っ」
焔が息を詰めるのが分かると、泡沫の口元が満足そうに弧を描く。
彼がそういう態度を取ると理解っていてわざと言っているのだ。
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