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序
「──ヴァンパイアってのはさ、本能に背いちゃいけねぇんだよ。生きる為の本能を法で制限するなんざ、議会のお堅い連中の考えることは理解出来ねぇよなぁ」
雪のように白い素肌に、黒い着流しを羽織っただけの姿で赤い煙管を咥える男は、紫煙と共に文句を吐き出す。
豪奢な革張りのソファで脚を組む様は、妖艶という言葉そのものだ。
「そうなると、御客様が増えてしまいそうですね」
漆黒の燕尾服に身を包んだ長身の男は溜息混じりに告げ、彼に赤い帯を差し出す。
「儲かるんだ。喜べよ」
男は優雅な仕草で煙管を煙草盆に置き、帯を受け取って立ち上がる。
腰の辺りまで伸ばされた美しい銀髪は薄闇に支配された室内でもきららかに輝いた。
「髪、結って」
「仰せのままに」
適当に帯を結び、着流しを緩く着崩してその身に纏う彼は、娼婦の如き色香を放っている。
彼を視た誰もが振り返り、圧倒的なその美貌に目を疑う。
すらりとした白い肢体。
男とも女とも取れぬ、酷く中性的な整った貌。
視る者を虜にする、切れ長の銀の瞳。
揺蕩い煌めく、銀の髪。
己の主である男の銀髪を丁寧に結い上げ、露わになった白い項に、燕尾服の男は感嘆の息を吐いた。
「──泡沫様」
背筋が粟立つようなえも言われぬ感覚に襲われた男は、主の名をそっと呟く。
「いいぜ。味わえよ」
男と向き合った泡沫は、軽く首を傾げ、細く白い項を彼に見せ付けた。
「渇きは潤せばいい──本能のままに貪れ」
悦びにギラつく、金色の瞳。
薄く開いた唇から覗く、一対の牙。
本能に支配された男の顔を視て、泡沫は満足げに口角を吊り上げる。
彼もまた、悦びに支配されていた。
男は主の肩にそっと手を添え、更に唇を開く。
息を潜めて肩口に唇を寄せ、劣情を煽る雪肌にその牙を突き立てた。
「……っ」
瞬間的に、息が詰まる。
皮膚を蝕む痛みなど、後に続く快楽に比べれば取るに足らないものだ。
徐々に、その感覚が麻痺していく。
躰に深く沈んでいく牙を感じながら、泡沫はうっとりと目を閉じた。
流れ出る血を啜る音に聴覚を犯されながら、首筋を何度も這う舌の感触に触覚が犯されていく。
男の躰にしがみつき、燕尾の背中に爪を立てた。
ヴァンパイアの牙が与える快楽は、媚薬のそれに等しい。
「……ぁ、……っん」
皮膚を、体内を、抉る牙。
躰を駆け抜ける恍惚的な刺激。
血液を嚥下する喉の音。
喉の渇きを潤すように。
貪る、本能。
止まらぬ、痴情。
主を陵辱する不忠の行いに、男は酔い痴れる。
口元を汚す朱。
柔肌を染める朱。
芳しい、朱。
そして。
乱れる、白銀。
「ん……っ、ほう、ょ……っ、もぅ、……ぅ、あ……ッ」
霞む意識に、泡沫が堪らず声を上げる。
我を忘れ、本能のままに生血を舐める泡影に、制止の言葉など──無意味だ。
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