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私以外に観光客の姿は無い。人影がないのをいいことに、一番巨大な樹に近づいて手を合わせて拝んだ。
何を祈ったかは覚えていない。目を開けて振り返ると、よく日焼けした男性がこちらへ歩いてくるところだった。
「こんにちは」
近所の人かもしれない、と思わず頭を下げた。
頭に手拭いを巻いたその人は、その樹のことを教えてくれた。
「一年に一度、神様が降りてくる樹なんですよ」
「あの葉っぱは何ですか? 大きいですね」
「これはオオタニワタリですね」
細身の背格好の割に、姿勢のよい人だった。薄暗くて見た目では年齢がわからないが、声は同世代のように朗々と張りがあった。重そうな一重まぶたのせいで、けして美形とは言えない。どちらかというと修行僧のような朴訥さを感じた。だからこそ、話しかけやすかった。それは相手にとっても同じだったようで、褪せたTシャツにデニム、巨大な黒リュックの私に、都会の匂いは皆無だった。
彼は近くのバス停まで車で送ってくれた。実は今朝、那覇の病院で叔母が亡くなり、拝顔に来たあとなのだという。すぐに通夜かと思って勤め先である町役場の慶弔休暇を取ったのだが、式が明日になってしまい、時間を持て余している、と言った。
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