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FMラジオが静寂を埋めてくれたが、それでは足りないように感じたのか、町役場の仕事で東京からの移住者を世話した話を聞かせてくれた。訛りはあまりなく、ですます調を混ぜた紳士的な話し方が、彼をより一層、僧侶のように思わせた。
目的地は海の側だった。
カーブした護岸に沿って細い車道が伸び、彼が話していた通り、等間隔に沖縄ナンバーの車が停まっている。
車外に出て、空を仰いでいる人たちを、白々とヘッドライトが掠めた。
車の往来がない限り、その一角は闇と波音に包まれている。
彼が器用に縦列駐車をし、ドアの外に出た。
私も続いて、表へ出る。
あっ、と息を飲んだ。
空にはびっしりと大小の星が散りばめられていた。
「すごい……こういうものを、恋人と観れたら最高ですね」
私が言うと、
「では付き合いませんか、俺たち」
と彼が言った。面食らい、黙ってしまった私に、
「ずっとあの樹を見に行こうと思っていたんです。でも忙しくてなかなか行けなかった。たまたま今日、叔母が死んで、あの場所へ引き寄せられるように辿り着いた。そしたら、スズネさんがいた。これは、あの樹が導いた運命です」
言い回しは少し違うかもしれないけれど、星空の下、彼は淡々とそう繰り返した。
「もしそれが信じられなくても、今夜だけ、スズネさんと朝まで一緒にいたい」
名前なんて誰が呼んでも同じだと思っていたのに、彼が口にすると随分ぎこちなく響いた。
今の自分なら断ったろう。
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