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でもその日は結局、夜が明けるまで車内で過ごした。車を少し走らせては止めてキスをし、ようやく海辺に辿り着くと砂浜に並んで座り、うとうとしながら体を触れ合わせた。
彼の仕草から、セックスをするのが初めてなのかもしれないと思った。随分たどたどしく、快楽よりは、海風にさらされる寒さや、爪や髪に入り込む砂粒のざらざらした感触が身体に残った。
星空には雲がかかり、淡いグレーの朝になると、私はわずかな眠りを取るためにホテルに戻り、午前中の飛行機で東京に戻った。
彼は通夜の支度をしに家に帰ったはずだ。
悪いことをしたとは思っていない。
なのに、彼が運命と信じた私の気持ちは熱を帯びることなく、都会での日常のなかに紛れていった。
彼にもう一度会いたいという気持ちが起こらないまま、月日は過ぎた。
彼は私を恋人と想い、何度か、いや、何度もメールや電話をくれた。
気持ちは沈み、眠気が消えてしまったので、桃が仕舞ってくれた靴を履いて廊下へ出た。
ロビーに新聞があるはず、と照明の落ちたホールでエレベーターを待っていると、ぽーんと開いた扉の中、眩しい光を纏って亜矢が乗っていた。
「スッズゥネサーン! びっくりした! どうしたの、眠れないの?」
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