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眼鏡をかけた亜矢は、嬉しそうに私をエレベーターに招き入れた。夜が真昼になったみたいな気分だった。眠らなくていい。亜矢と起きていればいい。ラベルの付けられない記憶と向き合う時間は終わったのだ。ほっとして、泣きそうになった。あたたかいミルクを飲み干した子供みたいに。
「うん」
「そうかあ、私も」
ロビーに降りていくと、なんと月斗がソファーに身を沈め、ZIMAの瓶を前に放心していた。
三人揃って、「なんで眠れないのか」と原因をあげつらった。繁華街からの声、ホテルの空調、車で移動したせいの運動不足が槍玉にあがった。
「恋人が、電話に出なかったんですよ」
と月斗が唐突にこぼした。
「恋人?」
いたの?と、私と亜矢が前のめりになる。
初耳だ。
月斗はもてないくせに面食いで、可憐な美女にしか恋をしない。
写真をせがむと、
「いいですよ」
と照れながら、よく日焼けした台湾の少女とのツーショットを見せてくれた。
「いくつ?」
相当若そうだ。
「26」
「中学生に見えた」
台湾に来たら、会いましょう、一緒に、と月斗が片言でいい、それはまるで写真の中の彼女が乗り移ったみたいだった。ひとしきり笑ったのがよかったのか、また強い眠気に襲われ、部屋に戻ると今度はぐっすりと深い眠りに落ちた。
翌朝、亜矢も月斗も顔色がよかった。
桃は月斗の彼女を知っていて、逆に私と亜矢が知らなかったことに驚いていた。
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