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のほほんと桃がフォローした。桃が食べ物を美味しくないと言うのを、数えるほどしか聞いたことがない。中国の砂漠地帯を旅したとき買ったジュースの話くらいだろうか。オレンジ味、なのに絵の具の匂いがしたそうだ。桃の言葉をそのまま借りるなら、『開けたての絵の具の先から出る透明な液体の匂い』。
車はホテルの立体駐車場に停めてあるという。そこにレンタカーのカウンターがあったのだが、それを知らずに別なレンタカーショップで車を借りてしまった、と亜矢がぼやく。
「定休日なんて全然書いてなかったのにー」
朝食の店が閉店だったことに加え、レンタカーショップが実は最寄りの場所にあったことを思い出したせいか、いきなり声が低くなった。声音で考えていることがすぐわかる。それはほんの少女だったときも、今もまったく変わっていない。彼女は札幌で教職を続ける傍ら、『ヒーリング・ミュージック』のサークルに加わり、心穏やかな生活を人々に提供したいと息巻いている。息巻くこと自体『心穏やか』なのやら?と疑問に思うけれど。
車の中で結婚やら出世の話が出るかと身構えたけれど、月斗が持ってきたワイヤレススピーカーの接続がうまくいかず、てんやわんやで盛り上がった。
「だれかー、僕の他にも、iPhoneの人いる?」
助けを借りようと月斗が言うと、
「私、iPadだけど。そこの白いかばんに入ってなぁい?」
月斗がためらいなく彼女のトートバッグを覗き込むと、ピンクのカバーに包まれた彼女のiPadを引きずり出す。
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