真面目過ぎる私が結婚したいので<前編>

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 気付くと秋葉原の駅にいた。知らず知らずのうちに、山手線を降りていた。習慣というのは恐ろしく、かつ、便利なものだ。考えていてもいなくても実行される。自動的に実行される。私は秋葉原で乗り換える。日比谷線へ乗り換える。  天井から下がっている看板を確認した。日比谷線へ向かうために。その時だった。看板の文字が見えなくなっていた。私はそれに気付いた。でも、どういうことなのかわからなかった。酔ってるんだろうか。酔っていて目が霞んだとか。いや。目が霞んだなんてもんじゃない。看板が見えない。まるで、眼鏡を外した時のように。ハッとした。今日は眼鏡じゃない。コンタクトレンズを付けてきたのだ。さっきまではよく見えていた。眼鏡をかけるよりよく見えていたくらいだった。でも今見えない。片目? 私は片目ずつ目を瞑ってみて、見えるかどうか確かめてみる。ウィンクするみたいに。駄目だ。見えない。両目とも見えない。両目ともコンタクトレンズが外れてしまった。さっき涙を拭った時か。それって、山手線の中だ。私は山手線の中でコンタクトを落としたのか。それとも外のホームか。私の脳裏に地面を這いずり回ってコンタクトレンズを探す人の映像が浮かび上がってきた。私もそうやって落としたコンタクトレンズを探すのか。この人込みのホームで。いや、山手線の中で落としたとしたらどうやって探すのか。探しようがないではないか。眼鏡、と私は思った。眼鏡をかければいいのだ。コンタクトが駄目なら眼鏡をかければいい。しかし。その答えはNOだ。私は生まれて初めてこの歳で参加する今回のこの合コンへのチャレンジの退路を断つ意味で、旧来の私の象徴である私の眼鏡を、バッグに入れずに来たのだ。いや。私は出かけるにあたって、眼鏡を一旦バッグに入れたのだ。しかし意を決して、過去の自分と決別をするために、バッグから過去の自分の忌まわしい眼鏡を自ら取り出し、ご丁寧に玄関先に置いて、出かけてきたのだ。
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