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「どうしました」
その声がしたのはわかった。後ろの上の方から。
「コンタクト落としちゃったんですか」
そこまで言われて、私に声がかかったんだと改めて自覚した。それは男の人の声だった。
「はい」
私は言った。いちいち振り返ったりしなかった。私は這いつくばって地面に落ちたのであろうコンタクトレンズを探すのに忙しいし、第一振り返った所で両目コンタクトが無い今の私には相手が誰なのか、誰であろうとさっぱり見えないではないか。
「どんなのですか」
どんなの、って。
驚いた。
何に驚いたか。
その声が発せられた場所である。上からではなかった。横だ。私の横。てことは。そこで私は初めて私の横を見た。草色のTシャツ。這いつくばっている。
「ハードですか。ソフトですか」
その人が聞いてきた。こちらも向かずに。その人は探している。地面に這いつくばって探している。私のコンタクトを探してくれている。
「ハードです」
私は言った。私のコンタクトはハードタイプだ。そうこうしているうちにホームのアナウンスがあり、次の電車が到着した。電車のドアが開く。
「すみません」
とその男の人は叫んだ。
「すみません、コンタクトを落としました。注意して歩いてください」
大声を出してそう言っている間も顔を上げない。彼は地面を見ている。コンタクトを探している。
「どこで落としたんですか。この辺ですか」
今度は私に聞いてきた。
「それがわからないんです。気付いたら無かったんです。この辺か、電車の中かも」
「気付いたのはこの辺なんですか」
「はい。あそこの看板の下で気付きました」
「無かったんですか。コンタクト」
「はい。気付いたら無かったんです」
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