真面目過ぎる私が結婚したいので<後編>

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 私の右手の手首に、さっきまで繋がれていた彼の左手の掌の感触が残っている。がっと来た。がっと掴まれた。最初は驚いたのだけれど、そこから後はスマートだった。そう。スマート。スマートで、スムーズ。コンタクトレンズを両眼無くしたド近眼の私は、本当に周りがよく見えなかった。特に陰になって暗くなっている地面がよく見えない。段差がわからない。階段がわからない。しかし私は一度も転んだり躓いたりすることなく、日比谷線のホームまで移動できた。それは彼の左手のお陰だ。彼の左手が私を導いた。多分私は完全に目を瞑って盲目の状態になっていたとしても、安全に日比谷線まで辿り着くことができただろう。それ程彼の左手はスマートであり、スムーズであったのだ。段差の前で彼の左手が少し上がる。私はその動作で目前の段差を知る。下りの階段が来ると彼の左手が階段に合わせて下がる。私はそれに合わせて下がる。上りの階段では彼の左手が上がる。私も上がる。それがわかると、私は彼の左手に全てを任せようという気持ちになった。こういうのを安心というのかもしれない。安心はスマートとスムーズから来る。  「道案内したことがあるんですか?」  私は聞いてみた。  「は?」  「目の見えない人を道案内したことがあるんですか?」  「ないです」  「ないんですか」  「はい」  会話はそれだけだった。彼はまたスマホに目を戻した。
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