真面目過ぎる私が結婚したいので<後編>

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 押し問答になってしまっている。このままここで時間をかけさせてしまうのはそれこそ申し訳ない。私はバッグからアパートの部屋のカギを取り出し、扉を開けた。電気をつける。まず眼鏡。玄関先に置いた私の眼鏡。背後で階段を下りていく音がしている。彼が帰っていく。ジュンペイさんが帰っていく。眼鏡は見つかった。私は眼鏡を箱から出し、かける。見える。久しぶりに戻ってきた私の視力。そして私はヒールを脱ぎ、部屋に入る。何かなかったか。何か。お礼にあげられるもの。何か。目に入ったのはかっぱえびせん。カルビーの。かっぱえびせんの袋。でかい袋。私はかっぱえびせんが好きだ。だからかっぱえびせんは私の部屋に常備されている。私は家に帰るとかっぱえびせんをつまみ、缶ビールを飲むのだ。それはいい。それはいいのだが。このかっぱえびせんは駄目だ。なぜなら封が開いている。既に封が開いてしまっている。これは私の食べかけだ。食べかけをお礼にする訳にはいかない。次。次の候補は。戸棚を開けた。あった。封が開けられていない、私の食べかけでない食材。のりたま。のりたまがあった。ふりかけだ。のりたまふりかけだ。ふりかけは好きだろうか? わからない。しかしこれしかない。これ以外にない。私は戸棚にあった封が開けられていないのりたま一袋を掴み上げ、回れ右をした。玄関へ行ってつっかけを履く。早く。私はうまく走れない。右足のせいだ。この私の右足。うまく動かない。走れない。くそう。動け。右足。これまでの私の人生の中で、私は私のこの不具な右足をこんなに呪ったことはなかった。ジュンペイさんにお礼ができないじゃないか。足が遅いせいで。私の不具の右足のせいで。私は必死だった。ジュンペイさん。反対方向なのに、私を送ってくれた。足立区くんだりまで。左手で導いてくれた。目の見えない私を。駅から十分も歩いて、私のアパートの扉の前まで。送ってくれた。お礼をしなければ。ジュンペイさん。ここで追いつけなかったら。もう会えないかもしれない。もう二度と。歩いて、歩いて、歩いて。追いつけない。ジュンペイさん。歩くの早過ぎ。駅まで来てしまった。梅島駅。数段の階段を上がると切符売り場があって。その先に改札。いない。ジュンペイさん。
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