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よかった。
ああよかった。
間に合った。
私は改札越しに、向こう側にいる彼の元へと駆け寄った。右足を引き摺って。でもそんなこと気にしてはいられない。とにかく。私たちはもう一度会えた。そして私は彼にお礼を渡すことができる。幸せ。その幸せでいっぱいだ。
「送っていただいて、ありがとう、ございました」
息が切れている。情けない。でもいい。お礼が言えた。
「つまらないものですけど、あの、これ、」
差し出す。
彼の一重の細い目が私の右手の先を見る。差し出されたもの。のりたま。
「お礼です」
一重の目が弧を描いていく。もっと細くなる。
ああ。
よかった。
ああよかった。
笑った。笑ってくれた。
「こちらこそありがとう」
ジュンペイさん。
笑ってる。目が無くなっちゃった。
ジュンペイさんの左手が改札の向こう側から伸びてきて、私のお礼を受け取ってくれた。のりたま。
軽く一礼をすると、ホームへ続く階段を上っていく。
私はその後姿を見送る。草色のTシャツ。階段の向こうに行ってしまう。
よかった。お礼をすることができた。のりたまではあったが。でもお礼はお礼だ。私はやり遂げた。達成感があった。満足だ。
もう二度と会うことはないだろう。
タイラジュンペイさん。
お名前しか知らない。電話番号もメールアドレスも知らない。住所もわからない。国分寺が最寄り駅だということくらいしか。
それでもいい。
それでいい。
満足だ。
私は踵を返した。家へ帰ろう。私の家へ。
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