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ようやく見えてきた。
私のアパート。
十四年間暮らした私のアパート。
実家を出てから十四年間。
私一人で暮らしてきた私のアパート。
私の家。
傘をさしていたのにずぶ濡れになっていた。
冷たい雨だった。
寒かった。
でも着いた。
ようやく着いた。
私は玄関先にあった郵便受けを確かめもせず、階段を上った。
右足が重い。
私の右足。
階段を上り切り、鍵を、バッグから鍵を、ドアの鍵を、
そこに。
心臓が止まる。かと思った。
私のこの胸の心臓が止まるかと思った。
そこに。
そこに。
大きな音がした。
バッグが落ちたのだ。
私の手から。
バッグだけではない。
傘も、鍵も、落ちた。
全部落ちた。
バタバタと足元で音がした。
ああ。
そこに。
もう二度と会わない人。
もう二度と会う筈がない人。
座ってる。
ドアの前でしゃがんでいる。
ずぶ濡れでしゃがんでいる。
髪も、シャツも、Gパンも。
ぐしょ濡れじゃない。
「大丈夫? 大丈夫なの?」駆け寄った。
「大丈夫です」と言った。消え入りそうな声。
「大丈夫? 飲んでるの?」
「ええ、少し。すみません」
「とにかく中に入って。着替えないと。暖めないと」
私は中に入ろうとしたがドアが閉まっていた。鍵が開いていない。鍵がない。
鍵。そうださっき落とした。廊下で落とした。
私は右足を盛大に引き摺って鍵とバッグと傘を回収し、鍵を開け、ドアを開けた。
純平さん。
入って。
早く。
暖めないと。
<緊迫の中編へと続く>
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