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そうだ。そして、こうしている間にさっきまで彼が着ていたずぶ濡れの服を洗濯機で洗って脱水しておいてあげればいい。
それはいい考えだ。と私は思った。
私はバスルームの外から中にいる純平さんに声をかけた。
「洋服を貸してください。脱水してあげます」と。
「いえ、いいです」
湯船にいる純平さんの返事。消え入りそうな声。
いいですじゃないわよ。入るわよ。私はバスルームのドアを開け、カーテンが閉じているのを確かめてバスルームのトイレ側へ侵入し、便器の上に脱いである純平さんの着衣をゲットした。青いシャツ、Gパン、ランニングシャツ、靴下。そして、下着。黒色のパンツらしきものがそこに無造作に丸まっていた。それがパンツだろう、と私は思った。私はそれを拾い上げなければならなかった。拾い上げなければならなかったのだが。右手が躊躇した。私の右手が躊躇した。この私の右手が。もの凄く躊躇した。気恥ずかしいのだ。もの凄く気恥ずかしいのだ。私は呪った。私自身の経験の無さを呪った。私は今までこうしたものに触れたことが無かった。男性の下着というものに。これまでの私の人生の中で。私は一人っ子として核家族で育った。私には父という同居人がいて父のしている男性物の下着は私の生活の中で日常の一コマとして私の少女時代から普通に存在し一緒に暮らしていた筈だった。しかしながら。私は父の下着などただの一度も触れたことがなかったのだ。触れたことが無かったばかりか、関心を持ったことすらただの一度も無かったのだ。だから私には耐性が無かった。残念ながら。私には男性物の下着を取り扱う耐性が形作られていなかったのである。しかし。だがしかし。私は。私は当年とって三十六歳。その私を訪ねて純平さんが来てくれた。私の恩人の純平さんが。当年とって二十二歳の、若き恩人が。躊躇している場合か。久美子、躊躇などしている場合か。私は考えた。そうだ。久美子。私は躊躇などしている場合ではない。拾え。拾うのだ。拾い上げるのだ。私は私自身の右手に懸命に指令を飛ばした。それでも、私の右手はかなりの抵抗を見せていた。不慣れというのは恐ろしいものだ。しかし、最後には右手は本体である私の指令に屈服し、若き恩人である純平さんの黒く丸まったブツを拾い上げてくれた。よくやった。私の右手。
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