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「あのー」
鍋の湯が沸き始めた頃、風呂場から声が聞こえてきた。情けなさそうな申し訳なさそうな声。
そうでしょう。そうでしょうとも。ほとんど知らない人のアパートでほとんど知らない人にいきなり身ぐるみ剥がされて半ば強制的に風呂に入らされてなおかつ自分が着てきたものを根こそぎ奪われた挙句洗濯機に放り込まれて。そりゃ情けなくもなる。気持ちはわかる。
「そこに着る物出しておいたから、それを着てください。よかったら」
私は風呂場の中の純平さんに聞こえるように大きな声で言ってみた。返事はなかった。返事はなかったが選択肢は無い。「よかったら」も「悪かったら」も無い。純平さんには私が用意した私の服を着ること以外に選択肢は無い。裸で風呂場から出てくるなんてことが恥ずかしくてできない以上、あなたは私のタンスの底で眠っていた一番大きな服、それを着る以外に選択肢は無いのよ。
鍋の中でジャガ芋がグツグツといい匂いを立て始めた。いい匂い。私はこの匂いが好きだ。ジャガ芋の匂い。ジャガ芋が柔らかく煮える時の匂い。幸せな匂い。
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