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「あの」
純平さんが私を見た。長く伸びた前髪の向こうに純平さんの細い目があった。上目遣いに、私を見ている。
「あの、ほんとうにすみませんが、お金を貸してくれませんか」
語尾が消え行ってしまった。これ以上ないくらい、申し訳なさそうに。
「幾らご入用ですか」私は間髪入れずにそう言った。なるべく明るい声で、そう言った。
「三千円ほど」小さな声。
「いいですよ。お安い御用です」元気に。なるべく元気に。
「ありがとうございます」消え行ってしまう。
炊飯器はあと十分でご飯が炊きあがることを示している。私はそれを確かめると、ほくほくと湯気を立てている完成したジャガ芋のお味噌汁の鍋の火を消して、テーブルに向かった。純平さんの隣に座る。
「どうしたんですか」
切り出してみる。
「何かあったんですか。私でよかったら、お話ししてください」
勤めて明るく、重くならないように。なるべく軽い調子で。私は話しかけてみる。笑顔で。笑顔で。
「アパートを出たんです。財布を持って出たんですけど、お金が入ってなくて」
下を向いたまま、純平さんが説明を始める。肩まで伸びた長い髪がまだ濡れたままで、雫が滴っている。私は立ち上がって風呂場の前にあったバスタオルを持ってくると、純平さんに手渡した。
「あ、どうも」
純平さんはそう言ってバスタオルを受け取る。
「居酒屋でお酒を飲んだらお金が無くなっちゃって、でもスイカに残高が少しあったので、ここまで来ました」
髪を拭きながら、純平さんは言う。
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