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指先が、冷たいものに触れた。
なんだろう、僕は本をまとめて棚から取り出した。
「南京錠……?」
父さんの本棚は、本がジャンルことにきっちり分けて収納されていて、古典文学を並べた棚に、その鍵はあった。
「なんだこれ、背板が細工されてるのか?」
「卒論に使えそうな本あったあ?」
台所のほうから母さんの声がする。
「うん、何冊かは!」
僕は返事をしながら、父さんの机を調べてみた。
「あった。これだな」
特に鍵を隠すこともしていなかったようで、それはすぐに見つかった。
南京錠を外すと、背板は観音扉になっているのが分かった。
「ねえ母さん、この本棚って父さんの手作りだっけ?」
「本棚? あー、そうね、そうだった。お昼ご飯どうするー?」
「うどんー」
のん気なやり取りをしながら、僕の心臓が少し強く脈打つ。
小難しい本と縁のない母だから、父はここに二重の、秘密のスペースを作ったに違いない。
秘密。
開けないほうがいいのかも知れない。
脳裏の言葉を横切って、僕の指は細工扉を開けていた。
「手紙?」
裏側が手前になっていたそれを表にすると、住所と宛名が書かれていたが切手は貼っていなかった。
「いしくら、れいこ、さま」
れいこ、とという発音が舌の上で苦い味がした。
父さんがもう長くない命だと分かったときのことだ。
夜中に僕が眠れず、トイレに行こうと一階へ降りたときだった。
「……レイコ…そんなこと……待っていてくれ……」
父さんが食卓テーブルに座って、電話をしていた。
女の名前を口にしていた。
僕が少し離れていれど背後にいることも気づいていない。
それから父さんは同じような言葉を繰り返していた。
僕は階段がきしまないように、二階の部屋へ戻るしかなかった。
「やっぱり不倫相手だったんだ」
あの電話の様子から考えれば、相手から連絡手段を断たれて、アナログの手段を取ったとしか思えない。
「うどんできたよ」
母がいきなり僕のそばに来て話しかけたものだから、僕は封筒を隠そうとして指を本棚にぶつけてしまった。
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