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「そうだ、まだ名前聞いてなかった! どなたでしたっけ?」
理容師の女性は朗らかに言う。
「……深尾雅樹と申します」
僕の返事に、老人は、「ふかお?」と目を丸くした。
「はいはい、じゃあわしはこれで。またよろしく」
客はさっさと会計して、僕たちに手を振って店を出て行った。
「休憩中の札を出しておくね」
女性はドアの表に札を下げると、僕と老女を待合スペースに座らせ、「奥にいるから」と一言残すと、店内は僕たち二人だけになった。
石倉麗子はばーちゃんだった、急に僕の中で威勢がしぼんでいく。
「ふかお、まさきくん。いい名前ね」
沈黙を破ったのは石倉麗子だった。
高齢であるのに、その目はまだ若く、手を引かれて歩いていたが腰も曲がらずしゃんとしていて、品があった。
「これを見つけたんです。父が、本棚の奥に隠していました。石倉さん宛の手紙です。僕、これを見つけたとき、この女性が父の不倫相手なんじゃないかって疑って」
僕は父の手紙を石倉麗子に渡した。
「それではるばる怒鳴り込んできたわけね」
僕は返事に詰まってしまった。
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