当初は怖かった

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 僕はただ、ひたすらに。真っ白で、空っぽで、何も無い何かを見つめていた。何を考えるでもなく、何をするでもなく。ただ、ひたすらに。  強いて言うなれば、何もしたくなかった。何も考えたくなかった。ただそんな理由。  無感情で。無感情で。だけど何故か――涙が頬を伝った。  悲しいかと聞かれると首を横に振る。けれど楽しいかと聞かれても同じ反応を返すだろう。涙の理由なんて、結局は本人ですらわからない事が多いんだ。  そういう事で僕は、ただ理由も無く涙を流し、無を見つめ、何にでも無い何かになっていくのだ。  恐らくこれは、社会の歯車として上手く溶け込んだという事なのだろう。きっとそうに違いない。    ***  チャイムが鳴り、授業の終わりを告げる。 「はいっ、本日は此処までだ。次の時間、今回学んだことを忘れぬよう復習してくるように」  開いていた教科書を態と音を立てて閉じ、騒がしくなった室内にそう言い放った。返ってくるのは不満の声ばかりだが、既に聞き飽きてしまっている私は「小テストやるからな」と一言付け足して教室を後にした。  最後の一言に固まってしまった生徒達だったが、スライド式の扉を後ろ手に閉めた途端、揺れる程のブーイングが起こってしまった。窓越しに私へブーイングサインを送ってくる生徒達へ気持ちのいい笑顔をプレゼントし、私は軽快に廊下を歩いて行く。  唐突だが、私の名前は東雲小風(しののめこかぜ)。今年この――北岡高校にやって来た二十三歳、新任教師だ。専攻科目は古典。主に二年生以降の生徒達を受け持っている。  大学四年の時に上手い事採用試験に受かることが出来ず、早い奴らより一年で遅れてしまったが、今となってはそれもいい経験だったと思っている。強がりっちゃ、強がりだけど。  そんな私もここで働き始めて半年が経過し、(ようや)く腰を落ち着けて周りを見れるようになってきた。生徒同士の関係性や他の教師達の働き方。生徒との向かい方や上手に手を抜く方法など。  やはりこういった職業は経験がものを言う節があると思うし、今後も更にいろんなところに目を向けていきたいと思っている。
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