読み切り/ベタで駆け足な始まりの話。

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 ーーはやまった。これは完全に、はやまった。 「…は、っ…はっ…」  天井を焦がす真紅の豪炎を背に、だらりと垂れた左腕をブラブラと揺らしながら洞窟を逆走する、魔法使い風ワンピースドレス姿の小柄な少女。  不格好な走りと連動して、艶のある黒のボブヘアが不規則にしなり、レンズを失った歪な眼鏡のフレームが、血にまみれた顔からずり落ちる。  全身の血液が冷水に変わったのかと錯覚するほどに血の気が失せ、恐怖によって奥歯がガチガチと騒ぐ。  実際、少女は左肩と額から派手に出血していた。恐らく左肩の骨は砕けているのだろうが、痛みは全く感じられない。 「はっ…はっ……」  ーーだれ、私の足におもりをつけたの…うまく走れない、じゃない…  少女の足におもりなどついてはいない。出血と怪我によって、普段よりも重く感じているだけだ。 「はっ、は…げほっ、げほっ!」  背後から迫る煙が周囲にもうもうと立ち込めはじめ、激しくむせこむ。かつてないほどに心臓が弾み、肋骨に圧迫された肺が、内側から刺すような痛みを発する。 「っぐ…ぁ…っ…!」  徐々に左肩や頭にも痛みが現れ、足をもつれさせてしまう。  顔から転倒して、岩盤に頭を打ちつけた少女は、いっそ気を失ってしまいたいと願いながらも、いやにはっきりした意識の先に、忍び寄る死の気配を感じた。  もう指先すらまともに動かず、声どころか、呼吸も危うい状態だった。  少女はこれまで幾度となく自分を恨んできたが、今回は恨み殺しても足りないほどの恨みを抱え、傍に立つ死の気配を覚りながら、瞼を下ろした。 「(…殺すなら、いっそ楽に殺してちょうだい。これ以上虐めたいんだったら…死んだ後で好きなだけ好きにすればいいから…今はもう、殺して…)」  ビュッ、と風を切る音が耳に届いたのを最後に、少女は ーーーーーーー 「…おーい、おーい?ロスマリネー?」 「むがっ」  明朗そうな女性に名前を呼ばれ、少女はバッと顔を上げた。ひどく頭がボーッとして、視界がぼやけている。どうやら、午後の麗らかな陽気にあてられて、うたた寝をしていたらしい。  瞼を擦ろうとして眼鏡のレンズに指を阻まれ、冷たく平たい感触が瞼に接触する。  眼鏡ユーザーなら誰もが1度は経験したことがあるであろう、眼鏡をかけたまま頬杖をついて、眠ってしまったパターンだ。
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