第1章

6/13
前へ
/13ページ
次へ
ニーチェの本より「人間的な、あまりに人間的な」〔朝起きたら考えること〕 1日をよいスタートで始めたいと思うなら、目覚めたときに、1日の間に少なくとも一人の人に少なくとも一つの喜びを与えてあげられないだろうかと思案することだ。 ささやかな喜びでもかまわない。 喜びを人に与えてあげられる習慣を多くの人が身につければ、ずっと世の中を変えていくことだろう。 私的に思ったことは、喜びと言うより、幸せを願いたいと、日蓮仏法の話をする人達がいる。私の身内は、日蓮仏法はあんまりだと思ってたが、信仰することによって、日蓮仏法の信仰が喜びに身内は変わったらしいが… 日蓮仏法の話は、ありがた迷惑な人が、ほとんどである。何かなことが正しいと言われても… 人に喜びを与えるのは難しいことである。 人によって価値観が違うからだ。 人にささやかな喜びを与えるって、どうしたらいいのだろう? 痩せてる友達が、妊婦さんの時、電車に乗ってても、誰も席を譲ってくれなかったと言う。 私は、太ってるのだが、席を譲ってもらったことがある。妊婦さんと間違えられたのか?と思ったが、席に座る私がいた。デブだと言いたかったが、席を譲ってくれた人に妊婦とデブを間違えて、失礼なことしたと思われても嫌だから、素直に座った。 人に、ささやかな喜びを与えるのは、意外に簡単なようで難しいかも知れない。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加