となり

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となり

新幹線の窓の外を暗闇がものすごい速さで駆け抜けていく。 始めは華やかな街並みが横切っていたのに、今はもう灯りもまばらでほとんど暗黒に近い。 俺は窓際で頬杖をついて、何も見えない外の闇を見つめていた。 「義兄さんホントに何も食べなくていいの?」 義弟の和哉は、乗り換えの待ち時間に買った駅弁を隣で呑気に頬張っている。 俺は和哉と話す気になんてなれず、聞こえない振りをした。 本当は隣どおしで座るのも嫌なのに、何度席を変えてもしつこく和哉がついてくる。 何でこんな奴が俺のそばにいるんだろう。 俺がとなりにいてほしい人は、たった一人しかいない。 先生。 …ごめん。 今どうしてる? 人からたくさん傷つけられてきた先生を大事にするって言った張本人の俺が原因で、また先生が傷つくかもしれない。 幸せだって、俺を信じるって言ってくれたのに、先生を守るために俺は離れることしかできなかった。 けど、どんなに遠く離れていってても俺には先生のことしか考えられない。 「ねえ義兄さん」 ………ずっと隣でちょこちょこと話しかけてくる和哉が疎ましくて仕方がない。 「義兄さんてば!」 「別の席行けよ。 空いてるだろうが」 忌々しく言っても和哉には通じない。 「行き先は一緒じゃん。 それに、オレのほうがあの人より義兄さんに合ってると思うな」 「んなわけないだろ」 「だって俺、左利きだからさ」 和哉が突然俺の左手をとって、するりと指を絡めてきた。 「ほら、二人とも食べながら手が繋げる」 睨み付けようと思ったら、今にも絡めとられそうな和哉の視線とぶつかった。 俺は不愉快で堪らず、強く手を振り払った。 「手を離したのは、お前だろ」 すると、にこにこしていた和哉の表情は突然ふっと曇り、何か言いたげな眼差しを俺に向けた。 俺は全く構わずそっぽを向くと、再び窓の方に顔を背けた。 別に今更和哉の話を聞く必要なんてない。 厭に馴れ馴れしいのも、生活費やら学費やらの為なんだから。 「義兄さん、降りるよ」 和哉に声をかけられて、はっと辺りを見渡すと、新幹線は目的地の駅に到着して既に停止していた。 ドアが開くと俺は和哉を追い越して足早に新幹線から降りた。 刺さるように冷たい風がプラットホームを吹き抜ける。 久しぶりの景色。 もう見ることはないと思っていたけど、これで本当に最後だ。 今日こそ自分の過去と決別してみせる。
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