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先生の診療が終了してから俺と和哉は先生の自宅に移動した。
今日は和哉もいるので寝室ではなく、一人暮らしには広すぎる豪華なリビングに通された。
和哉は我が物顔でフカフカのベルベットソファにダイブした。
「俺、家出ようと思ってんだよね。
暴露しちゃったらさ、やっぱ居づらくって。
とりあえず家探しとバイト探ししてたらちょうどセンセイから連絡があって、春休みは子どもの診療増えて忙しいからバイトしてみる?って」
和哉は自分の言いたいことだけ言うと勝手にテレビをつけて見始めた。
「先生、一応聞くけど遺産使ってないよね」
「ええ。
とりあえず頑張ってみるそうです。
なので、資金援助ではなくバイトの斡旋をしました」
「先生、どういう考えなのか説明してもらえる?」
先生は困った顔をしながらもくっくと可笑しそうに笑った。
「うちの病院では、子供が診察に来ると最後にごほうびでガチャガチャをさせてあげるんです。
中身は消しゴムなんですけどね、兄弟で来てるとケンカになることがあるんです。
なかには上の子の分まで握りしめて帰る小さい子とかもいたり」
「…俺は兄として上の子が不憫で笑う気にはなれないよ」
「そうですね、私もこっそり1個あげてしまいますよ」
「それで、その兄弟喧嘩がどうかした?」
「私には、上の子にわがままを言う子と和哉くんが重なって見えたんです」
先生がソファに寝そべってテレビを見ている和哉を見て言った。
「和哉くんは、タケルくんを嫌ってないと思います。
むしろ構ってほしかったのかなって」
「全部聞こえてるよ~。
そこまで言われたら喋っちゃうけどさ」
いつの間にか和哉はソファ越しにこちらを向いて俺達の話を聞いていた。
「俺のこと完全無視してる親なんかどうでもいいって思ってたのにさ、いざドン引きの顔されたら見捨てられんのが急に怖くなったんだよ。
けど義兄さんがいなくなってから、もし一緒に家出てたらどうなってたんだろうってずっと考えてた。
それがいつの間にか、何で秘密のまま連れてってくれなかったんだって義兄さんへの恨みに変わってた。
憎いと思いながらずっと義兄さんに会いたかった。
…本当は学費なんかどうでも良かった」
俺が余程警戒した顔をしていたのか、和哉は神妙な表情をころっと変えてにんまりと笑った。
「まあ安心してよ。
先生には敵わないと思ったら何かする気も失せたから。
俺は先生みたいに義兄さんのとなりで一緒に戦おうとは思わなかったもん」
先生は、少し悲しそうに笑っていた。
俺と違って、和哉を警戒するどころか心配しているみたいだ。
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